受験にも知育にも興味ない 東大卒ママの育児日記

受験にも知育にも興味ないズボラな東大卒の二児の母が、おすすめの育児書や絵本を紹介したり、教育についての思いをつらつらと語ります

【育児本】 『強烈なオヤジが高校も塾も通わせずに3人の息子を京都大学に放り込んだ話』 ②

 

 前回の記事の続きです。

この本で紹介されているのは単なる勉強法だけではありません。子ども時代に遊びの主体性やいろいろな人との出会いを大切にする、といった点も強調されています。3兄弟がわりばしピストルやミニ四駆の改造から、徐々にレベルをあげ熱中していったロボットづくり、家族全員で試行錯誤を重ねたキャンプ、ユニークな禅寺の和尚との出会いなど、面白いエピソードが満載です。そこには、子ども本来の好奇心や探究心を伸ばし、学習ということを多面的に捉えて知識を積む工夫があります

この教育方針はとても良いと思う反面、親の立場から実践するには中々難しいなあ、と感じる部分もありますね。著者は家庭教育の大切さを強調していますが、そうなると、問われるのは結局、お父さんお母さん自身の学ぶ姿勢であり、教養力になってくるからです。この本の「強烈なオヤジ」については、学歴や職業などについては具体的なことは一切書かれていませんが、教育産業に関わっていることや、思いつきにしろ自前で高校生向けの塾を開講できるところからして、ものすごく教養がある方だと推察できます。

大量のメディアを与えて教材にしたり、子どもの自主的な興味や好奇心を伸ばすように遊びの中で学ぶ機会を取り入れていく中で、親が気をつけるポイントとして以下のようなことが挙げられています。

・目利きとなって、最適な教材とその順番を選んであげる

・入門編は特に吟味をする

・ちょっと背伸びすれば手が届くというところに難易度を設定する

これを実践するためには、親自身が何よりそれらの教材や学習の内容やレベルや難易度について熟知している必要があるのです。

だから、最終的には、「子どもをどうするか」ではなくて、まず親である「自分自身が何をどう学ぶか」ということに集約されていくのかもしれません。自分自身、勉強が大嫌いで必要性を感じてこなかった親が、いくら子どもに「勉強しなさい」と言ったところで、説得力がないのは至極当然のことです。逆に、『「灘→東大理Ⅲ」の兄弟を育てた母の秀才の育て方』の「佐藤ママ」然り、この本の「強烈なオヤジ」しかり、私の高校時代の英語塾の「勉強大好き」な先生然り、常に自分が学ぶことに積極的な大人の姿を見て、子どもは自然と勉強の楽しさを実感するようになります。

だからと言って、「自分は勉強が好きじゃないから」とか「高学歴じゃないから」という理由で、親が諦める必要は全くないと思います。この本の著者が言っているように

一番シンプルな方法は、まず親であるあなたが「自分が素晴らしいと思っているものに、子どもをどうやったら出会わせることができるか?」という問いを立ててみることです。理科・社会・偉人伝でなくても、音楽やスポーツなど対象はなんでもいいと思います。子どもと共有したいものを思い描いてみれば、何を学ばせたいかは自然と見えてくるはず。

別に学歴や受験に直結するような知識や勉強だけが大事なわけではないので、他に素晴らしいと思っているものがあれば、それを子どもに薦めてみれば良い。もし、自分はあんまり勉強してこなかったけれど、大人になってからそれが大事だと気づいて子どもに薦めたいのであれば、まず自分が子どもに近いレベルで一から勉強することを始めてみたら良いのではないか、と思いました。それこそ、大量のメディアを使って自分の教養を底上げしていくと良いのではないかと思います。

付き合ってくれている、共有している、という感覚はやっぱり子どもにとって嬉しいもの。

この部分を読んでから、やっぱりそうか、と思い、思いついて買ったまま放置していた『まんが日本の歴史』を自分で読み始めました。私自身、子どもの頃に自宅にあった『まんが日本の歴史』を繰り返し読んで歴史好きになった記憶があります。ただ、買った時には上の子が小2で、まだちょっと早かったのか、「むずかしい」と言ってほとんど読みませんでしたが、まあ、いつか興味を持ってくれたらいいな、と思って子ども部屋に置いておいたものです。それが、私が黙って読み始めると、それをみていた娘も思い出したように読み始めたのです。細かい解説なんかは飛ばして読んでいるようですが、初めは面白そうなドラマ性のある部分だけ読んでいても全然構いません(私もそうでした)。私自身、歴史は結構得意な方なので、「今更小学生向けの『まんが日本の歴史』なんて」と思ってやや軽んじていましたが、改めて読むと、忘れていること、うろ覚えだったことが分かったり新しい気づきがあってやっぱり、親が興味を示すものには子どもは自然と反応するんだな、と実感した瞬間でした。